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《櫻桃小丸子》是從真實的不幸開始,特別是爺爺

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Posted on 8 月 28, 2018 by A-MO

▲櫻桃子坦言,動漫中的那些幸福美好,就是自己對理想家庭、理想爺爺的嚮往及想像。





《櫻桃小丸子》作者櫻桃子於 2018 年 8 月 15 日晚上 8 時 29 分因乳癌逝世,享年 53 歲,消息一出令大批粉絲悲痛萬分。

作者櫻桃子現實人生頗為「灰暗」,卻和小丸子的歡樂家庭有不少關聯。

櫻桃子本名三浦美紀,出生於日本靜岡縣清水市,1984 年以漫畫家的身份出道,並在 1986 年開始連載《櫻桃小丸子》,1990 年改編成電視卡通。
她在 30 周年時感性地說「在這 30 年間,不論是美好的事或艱辛的事都有很多,但大家都讓我作為作家過了非常幸福的月日,光是感謝仍不足以形容我的心情」,能夠繪畫出一部讓大家能樂在其中的作品,覺得非常感恩。




雖然櫻桃子曾說「漫畫是以自己為藍本」,但事實上,她的人生並沒有如小丸子般幸福順遂。
家中經營蔬果店的她,父親是菜販,爺爺也不像友藏一樣是個「寵孫魔人」,不僅會偷家裡的錢、不顧及家人感受,平時還會欺負媳婦、偷看孫女洗澡,也因為品格頑劣,全家沒有人喜歡他,甚至在爺爺過世時,因遺容太像孟克的《吶喊》,姊姊看到還忍不住噗哧一笑。

▲現實中,櫻桃子的爺爺性格頑劣,不僅會偷家人的前,還會欺負媳婦、偷看孫女洗澡。(圖/翻攝自網路)

櫻桃子在散文集《桃子罐頭》童話老翁一文中說的便是現實的「友藏」爺爺。

『爺爺是一位惹人嫌的老頭,狡猾,壞心眼又懶惰,而且還會虐待媳婦。媽媽,姊姊和我都吃了他不少的苦頭。』

此外,櫻桃子在 1989 年和《RIBON》漫畫雜誌編輯宮永正隆結婚,並育有一子,但好景不常,這段婚姻僅維持 9 年就告吹,直到 2003 年才和小 4 歲的插畫家再婚,並生下次男。

櫻桃子坦言,動漫不是百分百呈現人生狀況,那些幸福美好,就是自己對理想家庭、理想爺爺的嚮往及想像,但也因為公開這些「黑暗秘辛」,讓她遭受讀者痛批破壞美好想像,造成她信心一度大受打擊。

不過,她事後也打起精神反駁「我為何要為了一個不喜歡的人,改變我自己呢?謝謝你,也請你不要再喜歡我了。」




若您欣賞作者,翻閱他的作品是最有力的支持


「ちびまる子ちゃん」作者さくらももこさんが2018年8月15日乳がんでなくなった、53歳という早すぎる死を悼む声があがる。
ちばてつや「30年ほど前、漫画賞の授賞式で初めてお会いした時、明るくて楽しくて、ちびまる子ちゃんが漫画の中から出て来たような人と思った。・・・日本の漫画界にとっても大きな損失」
TARAKO「『ご冥福を』とか言えないです。ただただ、頭の中がぐちゃぐちゃです。はい。
病気だったこととか、本当になにも知らなくて
ごめんなさいしかないでごめんなさい。
早すぎます。まだまだやりたいこといっぱいあったと思います。
・・・今は先生の分身でもある小学3年生に、うそのない命を吹き込み続けることしかできないです。
ももこ先生へ
私がそっちにいったら似たような声でいっぱいお喋りしてくださいね。
そちらで楽しいこといっぱいいっぱいしてくださいね。
ももこ先生は『ありがとう』しかない恩人です。」

2018年5月17日
さくらももこさんは西城秀樹さんを追悼した。まる子のお姉ちゃんが大ファンという設定で、エンディングテーマ『走れ正直者』も歌った。
「秀樹さんが亡くなってしまいました。『走れ正直者』を歌っていただきとても楽しいテーマ曲になりました。私達の世代にとって秀樹さんは本当にスターでした。心からご冥福をお祈り申しあげます さくらももこ」

台湾、自由時報「思いもよらない乳がんによる死は、ファンを驚き悲しませた」
聯合報「死去の知らせは、すべての『まるちゃん』が好きな読者を驚かせた」

フジテレビはさくらももこさんの訃報を受付、
9月2日の番組を、2011年10月16日放送「まる子、きょうだいげんかをする」「まる子、つづらの中身が知りたい」を再放送することを発表、これは、1990年1月7日アニメ第1話のリメイク作品

「さくらももこさん、亡くなりましたね」
「私、とっても好きだったので、ショックです。合唱曲の歌詞もつくっているんですよ」
「なんていう曲ですか?」
「ぜんぶ という合唱曲でユーチューブでも見れるんですよ、私、大好きな曲なんです」

ぜんぶ
大切なことは
ぜんぶここにある
泣くこと 笑うこと
怒ること 喜ぶこと
あたりまえの気持ちは
あたりまえのものとして
そのまま 今ここにある
もうどこへ行かなくても
なんにもしなくても
どこへ行っても
何をしても
ぜんぶそのままだ







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